第8

章3-第8

 

聴:

 

 

改心した、おいはぎ

 

むかし、千葉県中部の東金(とうがね)には、上総木綿(かずさもめん)の問屋がたくさんありました。

 その頃は、上総木綿を江戸まで運ぶと、大変なもうけがあったそうです。
 その東金には三代続く商人の宗兵(そうべい)という人がいて、商売が上手な事で江戸にもその名前が知れ渡っていました。

 ある日の事、宗兵が江戸で大もうけをして帰って来ると、山田の坂にさしかかった所で、刀を持ったおいはぎが現われたのです。
 辺りは薄暗くて人気が無く、助けを求める事も出来ません。
 おいはぎは、宗兵に刀を突きつけて言いました。
「おい、こら! あり金を残らず置いていけ!」
 しかし宗兵は名の通った商人だけあって度胸も座っており、あわてる事なく相手の様子を観察しました。
 よく見ると、おいはぎはまだ若くて、突きつけた刀の先がぶるぶると震えています。
(ははーん。こいつ、おいはぎをするのは今日が初めてだな。それなら)
 宗兵は相手になめられない様にしっかりした口調で、しかし、相手を怒らせない程度に腰を低くして言いました。
「有り金と言いましても今は仕入れの帰りで、一両ほどしか持ち合わせがありません。
 仕入れた品はありますが、とても素人さんには売りさばけない品です。
 そこで、どうでしょう?
 東金の街まで、一緒に来てくれませんか?
 それなら、もう少し出せるのですが」
「うっ、うそじゃ、ないだろうな?」
「はい、わたしも商人です。
 うそは、申しません。
 それに、お前さんが一緒に来てくれると、これからの道のりも安心ですし、荷車の後押しをしてくれれば、さらに助かりますので」
「・・・本当に、金をくれるのだな?」
「はい、本当です。だます様な事はしません」
「・・・わかった」
 こうして話しがまとまり、宗兵とおいはぎは東金の街へと向かったのです。

 おいはぎが荷車の後押しをしてくれたおかげで、あっという間に東金の街へ着く事が出来ました。
 そして自分の店の前まで来た宗兵は、大きな声で言いました。
「おーい、今帰ったよ」
「あら、お帰りなさい。早かったですね」
 奥さんやお店の人たちが、店から大勢出て来ました。
 それを見て、おいはぎの顔色が青くなりました。
 これだけ大勢が相手では、いくら刀を振り回しても勝てそうにありません。
 おいはぎがすきを見て逃げ出そうと思っていると、宗兵は奥さんにおいはぎを紹介しました。
「実はな、この人が手伝ってくれたおかげで、早く帰って来られたんだ。礼をしたいので、奥に入ってもらうよ」
 そして宗兵はおいはぎと奥の部屋に入ると、大事な話があるからと他の人たちを追い払いました。
 おどおどするおいはぎに、宗兵が言いました。
「まずは、これは約束のお金だ」
 そう言って、おいはぎの前に二両のお金を出しました。
「次にこれは、ここまで荷車を押してくれたお礼だ」
 そしてさらに一両のお金を追加すると、宗兵はおいはぎに言いました。
「見れば、お前さんはまだ若いようだし、行く当てがないのなら、わたしの所で働いてみてはどうだ? もちろん、今日の事はわたしの胸に収めておくよ」
 それを聞いたおいはぎの目から、涙がこぼれました。
 これほど人の心を温かく感じたのは、生まれて初めてです。
 宗兵の人柄にすっかりほれ込んだおいはぎは、深々と頭を下げました。
「すみません。よろしくお願いしやす」

 それから心を入れ替えて一生懸命働いたおいはぎは、やがて自分の店を持つほどに出世したという事です。

 

おしまい

 

ふりがな

 

聴: 

 

 

改心した、おいはぎ

 

むかし、千葉ちば県けん中部ちゅうぶの東金とうがね(とうがね)には、上総かずさ木綿ゆう(かずさもめん)の問屋とんやがたくさんありました。
 その
頃ころは、上総かずさ木綿ゆうを江戸えどまで運はこぶと、大変たいへんなもうけがあったそうです。
 その
東金とうがねには三さん代だい続つづく商人しょうにんの宗むね兵へい(そうべい)という人ひとがいて、商売しょうばいが上手じょうずな事ことで江戸えどにもその名前なまえが知しれ渡わたっていました。

 ある
日ひの事こと、宗むね兵へいが江戸えどで大おおもうけをして帰かえって来くると、山田やまだの坂さかにさしかかった所ところで、刀かたなを持もったおいはぎが現あらわれたのです。
 
辺あたりは薄暗うすぐらくて人気にんきが無なく、助たすけを求もとめる事ことも出来できません。
 おいはぎは、
宗むね兵へいに刀かたなを突つきつけて言いいました。
「おい、こら! あり
金がねを残のこらず置おいていけ!」
 しかし
宗むね兵へいは名なの通とおった商人しょうにんだけあって度胸どきょうも座すわっており、あわてる事ことなく相手あいての様子ようすを観察かんさつしました。
 よく
見みると、おいはぎはまだ若わかくて、突つきつけた刀かたなの先さきがぶるぶると震ふるえています。
(ははーん。こいつ、おいはぎをするのは
今日きょうが初はじめてだな。それなら)
 
宗むね兵へいは相手あいてになめられない様ようにしっかりした口調くちょうで、しかし、相手あいてを怒おこらせない程度ていどに腰こしを低ひくくして言いいました。
「
有あり金がねと言いいましても今いまは仕入しいれの帰かえりで、一いち両りょうほどしか持もち合あわせがありません。
 
仕入しいれた品しなはありますが、とても素人しろうとさんには売うりさばけない品しなです。
 そこで、どうでしょう?
 
東金とうがねの街まちまで、一緒いっしょに来きてくれませんか?
 それなら、もう
少すこし出だせるのですが」
「うっ、うそじゃ、ないだろうな?」
「はい、わたしも
商人しょうにんです。
 うそは、
申もうしません。
 それに、お
前まえさんが一緒いっしょに来きてくれると、これからの道みちのりも安心あんしんですし、荷車にぐるまの後押あとおしをしてくれれば、さらに助たすかりますので」
「・・・
本当ほんとうに、金かねをくれるのだな?」
「はい、
本当ほんとうです。だます様ような事ことはしません」
「・・・わかった」
 こうして
話はなしがまとまり、宗むね兵へいとおいはぎは東金とうがねの街まちへと向むかったのです。

 おいはぎが
荷車にぐるまの後押あとおしをしてくれたおかげで、あっという間まに東金とうがねの街まちへ着つく事ことが出来できました。
 そして
自分じぶんの店みせの前まえまで来きた宗むね兵へいは、大おおきな声こえで言いいました。
「おーい、
今いま帰かえったよ」
「あら、お
帰かえりなさい。早はやかったですね」
 
奥おくさんやお店みせの人ひとたちが、店みせから大勢おおぜい出でて来きました。
 それを
見みて、おいはぎの顔色かおいろが青あおくなりました。
 これだけ
大勢おおぜいが相手あいてでは、いくら刀がたなを振ふり回まわしても勝かてそうにありません。
 おいはぎがすきを
見みて逃にげ出だそうと思おもっていると、宗むね兵へいは奥おくさんにおいはぎを紹介しょうかいしました。
「
実じつはな、この人ひとが手伝てつだってくれたおかげで、早はやく帰かえって来きたられたんだ。礼れいをしたいので、奥おくに入はいってもらうよ」
 そして
宗むね兵へいはおいはぎと奥おくの部屋へやに入はいると、大事だいじな話はなしがあるからと他たの人ひとたちを追おい払はらいました。
 おどおどするおいはぎに、
宗むね兵へいが言いいました。
「まずは、これは
約束やくそくのお金かねだ」
 そう
言いって、おいはぎの前まえに二に両りょうのお金かねを出だしました。
「
次つぎにこれは、ここまで荷車にぐるまを押おしてくれたお礼れいだ」
 そしてさらに
一いち両りょうのお金かねを追加ついかすると、宗むね兵へいはおいはぎに言いいました。
「
見みれば、お前まえさんはまだ若わかいようだし、行いく当あてがないのなら、わたしの所ところで働はたらいてみてはどうだ? もちろん、今日きょうの事ことはわたしの胸むねに収おさめておくよ」
 それを
聞きいたおいはぎの目めから、涙なみだがこぼれました。
 これほど
人ひとの心こころを温あたたかく感かんじたのは、生うまれて初はじめてです。
 
宗むね兵へいの人柄ひとがらにすっかりほれ込こんだおいはぎは、深々ふかぶかと頭あたまを下さげました。
「すみません。よろしくお
願ねがいしやす」

 それから
心こころを入いれ替かえて一生懸命いっしょうけんめい働はたらいたおいはぎは、やがて自分じぶんの店みせを持もつほどに出世しゅっせしたという事ことです。
 

おしまい

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