第10

章3-第10

 

聴:

 

 

雑炊橋(ぞうすいばし)

 

むかしむかし、梓川(あずさがわ)と言う川には橋がかかっておらず、川をへだてた村と村はすぐ近くですが、行き来する事が出来ませんでした。

 そこで二つの村の子どもたちは、お互いに向こう岸の村の子どもたちと川をへだてて大声で呼び合ったり、物を投げたりして遊んでいました。
 清兵衛(せいべい)とおせつも、そんな子どもたちで、二人は毎日の様に川をへだてては大声で叫び合いました。
 そして月日は流れて、やがて二人は十六才になりました。

 ある日の事、雨上がりの空に大きな美しい虹がかかりました。
 それがあまりにもきれいだったので、おせつは家を飛び出すと夢中で虹を追いかけました。
 そして谷沿いの道を二里(にり→約八㎞)ほど下ったところにある舟の渡し場で、おせつは同じ様に虹を追いかけてきた清兵衛と出会ったのです。
 清兵衛はにっこり笑うと、舟で川を渡っておせつのところまで来ました。
「ああ、やっとの事で会えたなあ」
「うん。谷に橋があれば、いつでも会えるのにね」
 二人は時の立つのも忘れて語り合い、そして二人でうんと働いて、いつか谷に橋をかけようと約束したのです。
「きっと、橋をかけようね」
「ああ、きっとだ」

 それからというもの、二人は懸命に働きました。
 溝兵衛は山にこもると一生懸命に木を切り倒し、おせつは米のご飯をやめて安いアワに草花を入れただけの粗末な雑炊をすすり、夜遅くまで機(はた)を織り続けました。
 こうして二人が約束をしてから九年後、とうとう清兵衛が腕の立つ大工を連れて村に帰って来たのです。
 おせつはこの知らせを聞いて、涙を流して喜びました。
 今まで雑炊をすすって機を織って貯めたお金が、やっと役に立つのです。
 両方の村人たちも工事に協力して、それから半年後に立派な橋が出来上がりました。
 おかげで二つの村は、いつでも行き来が出来る様になりました。
 また橋が出来ると、この橋を渡って山を越える飛騨(ひだ)の道も開かれて、小さな村はいつの間にか宿場(しゅくば)として栄えるようになりました。

 人々はこの橋を、『雑炊橋』と呼びました。
 現在でもこの橋は残っており、十三年毎に、橋は新しい物にかけかえられます。
 そしてその渡りぞめには、両岸からおせつと清兵衛を形どった人形を車にのせて引き渡す行事が伝えられているのです。


 

おしまい

 

ふりがな

 

聴: 

 

 

雑炊橋(ぞうすいばし)

 

むかしむかし、梓川あずさがわ(あずさがわ)と言いう川かわには橋はしがかかっておらず、川かわをへだてた村むらと村むらはすぐ近ちかくですが、行いき来きする事ことが出来できませんでした。
 そこで
二ふたつの村むらの子こどもたちは、お互たがいに向むこう岸ぎしの村むらの子こどもたちと川かわをへだてて大声おおごえで呼よび合あったり、物ものを投なげたりして遊あそんでいました。
 
清せい兵衛ひょうえ(せいべい)とおせつも、そんな子こどもたちで、二に人にんは毎日まいにちの様ように川かわをへだてては大声おおごえで叫さけび合あいました。
 そして
月日つきひは流ながれて、やがて二に人にんは十じゅう六ろく才さいになりました。

 ある
日ひの事こと、雨上あめあがりの空そらに大おおきな美うつくしい虹にじがかかりました。
 それがあまりにもきれいだったので、おせつは
家いえを飛とび出だすと夢中むちゅうで虹にじを追おいかけました。
 そして
谷たに沿ぞいの道みちを二に里り(にり→約やく八はち㎞)ほど下くだったところにある舟ふねの渡わたし場ばで、おせつは同おなじ様さまに虹にじを追おいかけてきた清せい兵衛ひょうえと出会であったのです。
 
清せい兵衛ひょうえはにっこり笑わらうと、舟ふねで川かわを渡わたっておせつのところまで来きました。
「ああ、やっとの
事ことで会あえたなあ」
「うん。
谷たにに橋はしがあれば、いつでも会あえるのにね」
 
二に人にんは時どきの立たつのも忘わすれて語かたり合あい、そして二に人にんでうんと働はたらいて、いつか谷たにに橋はしをかけようと約束やくそくしたのです。
「きっと、
橋はしをかけようね」
「ああ、きっとだ」

 それからというもの、
二に人にんは懸命けんめいに働はたらきました。
 
溝みぞ兵衛ひょうえは山やまにこもると一生懸命いっしょうけんめいに木きを切きり倒たおし、おせつは米べいのご飯はんをやめて安やすいアワに草花くさばなを入いれただけの粗末そまつな雑炊ぞうすいをすすり、夜よる遅おそくまで機き(はた)を織おり続つづけました。
 こうして
二に人にんが約束やくそくをしてから九きゅう年ねん後ご、とうとう清せい兵衛ひょうえが腕うでの立たつ大工だいくを連つれて村むらに帰かえって来きたのです。
 おせつはこの
知しらせを聞きいて、涙なみだを流ながして喜よろこびました。
 
今いままで雑炊ぞうすいをすすって機きを織おって貯ためたお金かねが、やっと役やくに立たつのです。
 
両方りょうほうの村人むらびとたちも工事こうじに協力きょうりょくして、それから半年はんとし後ごに立派りっぱな橋はしが出来上できあがりました。
 おかげで
二ふたつの村むらは、いつでも行いき来きが出来できる様ようになりました。
 また
橋はしが出来できると、この橋はしを渡わたって山やまを越こえる飛騨ひだ(ひだ)の道みちも開ひらかれて、小ちいさな村むらはいつの間まにか宿場しゅくば(しゅくば)として栄さかえるようになりました。

 
人々ひとびとはこの橋はしを、『雑炊ぞうすい橋きょう』と呼よびました。
 
現在げんざいでもこの橋はしは残のこっており、十じゅう三さん年ねん毎ごとに、橋はしは新あたらしい物ものにかけかえられます。
 そしてその
渡わたりぞめには、両りょう岸きしからおせつと清せい兵衛ひょうえを形かたちどった人形にんぎょうを車くるまにのせて引ひき渡わたす行事ぎょうじが伝つたえられているのです。

 

おしまい

 

 
 

 
 
 
 
 
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