昔話ー章1ー第8

章1-第 8

 

聴:

 

水中に見る妻

 

水の中に見える妻

 

むかしむかし、日本に仕事で来ていたオランダ人が国へ帰る時、通訳の人たちが船まで見送りに来ました。
 そして長崎の港にいる船の中で、お別れのパーティーをする事にしたのです。
 通訳仲間が船の中で酒を酌み交わしていると、すっかり上機嫌になったオランダ人が言いました。
「みなさん方のおかげで、無事に仕事をすます事が出来ました。感謝します。ありがとう。そのお礼に、何でもお望みの物を本国からお送りしましょう」
 通訳の人たちは喜んで、あれやこれやと色々な物を頼みました。
 でも、その中でただ一人、西田長十郎(にしだちょうじゅうろう)だけが黙っています。
 通訳はみんな長崎の人間でしたが、この西田という通訳は江戸からやって来たのです。
 長十郎が何も言わずに黙っているので、オランダ人が尋ねました。
「長十郎さん、あなたは、何をお望みですか?」
「はい。わたしには、別に欲しい物はありません。ただ」
「ただ?」
「実は、残してきた妻子の事が気がかりなのです。江戸からこの長崎へ来てから、はや六年。その間、妻子の顔を見ておりませぬ。妻子がいま、どの様に暮らしておりますやら。それを知りたいだけが、願いでございます」
 するとオランダ人は、にっこり笑って言いました。
「妻子を思う気持ち、よく分かります。そしてその願いは、簡単に叶います」
「本当ですか?」
「はい、すぐに、叶えてあげましょう。・・・ただし、決して口を聞いてはなりませんよ。よろしいですか」
「はい、決して」
 長十郎が約束すると、オランダ人は倉庫から持って来たガラスの大きなはちに、水をなみなみと入れました。
 そして、
「さあ、妻子を思い浮かべながら、はちの中をじーっと見つめください。そうすれば、どんなに離れていても妻子の様子がわかります」
と、いうのです。
 長十郎は言われた通り、水の中をじーっと見ていました。
 すると水中に、自分の家の近くの山や林がはっきりと見えて来たのです。
(これは、不思議な)
 なおも見続けていると、いつの間にやら長十郎は、自分の家の門の前まで来ていました。
 門は修理中だったので、長十郎はそばの木に登って家をのぞいて見ました。
 すると女房がうつむいて、庭先で洗濯仕事をしています。
(何とかして、こっちを向いてくれないものか)
 じーっと待っていると、女房は洗濯の手を休めて、ひょいとこちらを見ました。
 長十郎と女房の、二人の目が合いました。
(あっ・・・)
 長十郎は思わず、何かを言おうとしました。
(あっ・・・)
 女房の方も、長十郎に言葉をかけようとしました。
 でもその途端、オランダ人がはちの水をかき回したので、それっきり何もかも消えてしまいました。
 長十郎は、がっかりして、
「残念。もう少しで、妻と言葉を交わす事が出来たのに」
と、言うと、オランダ人は、
「すみません。でも、もしもここでお話しをなさると、お二人の命にかかわります。あなたが言葉をかけようとしたので、急いで消したのです」
と、言いました。

 それから数ヶ月後、ようやく長崎での仕事を終えた長十郎が江戸の家に帰って来て、あの時の事を女房に話すと、
「まあ、そうでしたか。あの時、かきねの外にあなたがいらっしゃるのを見て、わたしも何か申し上げようと思いました。ところが、にわかに夕立ちが降り出して、お姿が見えなくなったのですよ。てっきり夢かと思っていましたが、本当だったのですね」
と、言ったそうです。

おしまい

 

ふりがな

 

聴: 

 

水中に見る妻

 

水の中に見える妻

むかしむかし、日本にっぽんに仕事しごとで来きていたオランダ人じんが国くにへ帰かえる時とき、通訳つうやくの人ひとたちが船ふねまで見送みおくりに来きました。

 そして長崎ながさきの港みなとにいる船ふねの中なかで、お別わかれのパーティーをする事ことにしたのです。
 
通訳つうやく仲間なかまが船ふねの中なかで酒さけを酌くみ交かわしていると、すっかり上機嫌じょうきげんになったオランダ人じんが言いいました。
「みなさん
方かたのおかげで、無事ぶじに仕事しごとをすます事ことが出来できました。感謝かんしゃします。ありがとう。そのお礼れいに、何なにでもお望のぞみの物ものを本国ほんごくからお送おくりしましょう」
 
通訳つうやくの人ひとたちは喜よろこんで、あれやこれやと色々いろいろな物ものを頼たのみました。
 でも、その
中なかでただ一いち人にん、西田にしだ長十郎ちょうじゅうろう(にしだちょうじゅうろう)だけが黙だまっています。
 
通訳つうやくはみんな長崎ながさきの人間にんげんでしたが、この西田にしだという通訳つうやくは江戸えどからやって来きたのです。
 
長十郎ちょうじゅうろうが何なにも言いわずに黙だまっているので、オランダ人じんが尋たずねました。
「
長十郎ちょうじゅうろうさん、あなたは、何なにをお望のぞみですか?」
「はい。わたしには、
別べつに欲ほしい物ものはありません。ただ」
「ただ?」
「
実じつは、残のこしてきた妻子さいしの事ことが気きがかりなのです。江戸えどからこの長崎ながさきへ来きてから、はや六ろく年ねん。その間かん、妻子さいしの顔かおを見みておりませぬ。妻子さいしがいま、どの様ように暮くらしておりますやら。それを知しりたいだけが、願ねがいでございます」
 するとオランダ
人じんは、にっこり笑わらって言いいました。
「
妻子さいしを思おもう気持きもち、よく分わかります。そしてその願ねがいは、簡単かんたんに叶かないます」
「
本当ほんとうですか?」
「はい、すぐに、
叶かなえてあげましょう。・・・ただし、決けっして口くちを聞きいてはなりませんよ。よろしいですか」
「はい、
決けっして」
 
長十郎ちょうじゅうろうが約束やくそくすると、オランダ人じんは倉庫そうこから持もって来きたガラスの大おおきなはちに、水みずをなみなみと入いれました。
 そして、
「さあ、
妻子さいしを思おもい浮うかべながら、はちの中なかをじーっと見みつめください。そうすれば、どんなに離はなれていても妻子さいしの様子ようすがわかります」
と、いうのです。
 
長十郎ちょうじゅうろうは言いわれた通とおり、水みずの中なかをじーっと見みていました。
 すると
水中すいちゅうに、自分じぶんの家いえの近ちかくの山さんや林りんがはっきりと見みえて来きたのです。
(これは、
不思議ふしぎな)
 なおも
見み続つづけていると、いつの間まにやら長十郎ちょうじゅうろうは、自分じぶんの家いえの門もんの前まえまで来きていました。
 
門もんは修理しゅうり中ちゅうだったので、長十郎ちょうじゅうろうはそばの木きに登のぼって家いえをのぞいて見みました。
 すると
女房にょうぼうがうつむいて、庭先にわさきで洗濯せんたく仕事しごとをしています。
(
何なにとかして、こっちを向むいてくれないものか)
 じーっと
待まっていると、女房にょうぼうは洗濯せんたくの手てを休やすめて、ひょいとこちらを見みました。
 
長十郎ちょうじゅうろうと女房にょうぼうの、二に人にんの目めが合あいました。
(あっ・・・)
 
長十郎ちょうじゅうろうは思おもわず、何なにかを言いおうとしました。
(あっ・・・)
 
女房にょうぼうの方ほうも、長十郎ちょうじゅうろうに言葉ことばをかけようとしました。
 でもその
途端とたん、オランダ人じんがはちの水すいをかき回まわしたので、それっきり何なにもかも消きえてしまいました。
 
長十郎ちょうじゅうろうは、がっかりして、
「
残念ざんねん。もう少すこしで、妻つまと言葉ことばを交かわす事ことが出来できたのに」
と、
言いうと、オランダ人じんは、
「すみません。でも、もしもここでお
話はなしをなさると、お二に人にんの命いのちにかかわります。あなたが言葉ことばをかけようとしたので、急いそいで消けしたのです」
と、
言いいました。

 それから
数すうヶ月かげつ後ご、ようやく長崎ながさきでの仕事しごとを終おえた長十郎ちょうじゅうろうが江戸えどの家いえに帰かえって来きて、あの時ときの事ことを女房にょうぼうに話はなすと、
「まあ、そうでしたか。あの
時とき、かきねの外そとにあなたがいらっしゃるのを見みて、わたしも何なにか申もうし上あげようと思おもいました。ところが、にわかに夕立ゆうだちが降ふり出だして、お姿すがたが見みえなくなったのですよ。てっきり夢ゆめかと思おもっていましたが、本当ほんとうだったのですね」

と、言いったそうです。

おしまい

 

 

 

NHẬN XÉT

 
 

 
 
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